真に世界平和を望むなら。。

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学校の歴史の授業では、長い長い縄文時代から始めゆっくり学習する。学期末になり時間が無くなると、明治維新から第二次世界大戦までを駆け足でカバーして卒業するという学校が多い

日本は世界に比べ網羅する歴史が長いので、多少の省略は免れないが、

外国と深く関わることが多くなった江戸末期から明治以降をじっくりやらなければ日本の近代史が全く意味がわからないものになってしまう

日本の戦の概念は世界の戦争と古来から意味を全く異にしていた。日本は世界に比べて殊更、戦争が少ない平和な国であったが、それでも何百年に一度、大きな転機を迎える。

どれだけ平和に見える国も長い時間を経るうちに、少しづつ穢れが溜まってくる。がたまってくる。

その穢れを払い、膿を吐き出すための戦いが幾度かあった。しかしどの闘いでも一般庶民が巻き添えを食うことはほぼ皆無だった。

あくまで軍事を任された侍と侍との間の秩序を保つ為の戦いであり、負けた敵の大将にも過分な敬意が払われてきた。

対して世界の戦争とは覇権欲望と金儲けのために起こすもの。勢力争いに全く関係ない一般人もけた違いに巻き添えを食らい、征服された側の一族郎党皆殺しは当たり前の世界だ。

先の戦争でもアメリカが日本に行った一般市民へのじゅうたん爆撃や原爆投下(一般人の被害者は90万人とも)はどう考えても日本の戦い方とは違った。

卑劣なやり方で勝った後も、連合国は茶番ともいえる軍事裁判(いわゆる東京裁判)で日本にリンチ裁判をした。その時に絞首刑に処された東条英樹閣下は日本に一方的に課せられた戦争犯罪についてはっきりと論陣を張られて仰った

日本に罪があるのなら、戦争に負けたことに大いに責任がある」と。

私が日本を良くしたいと願うのは只、私が日本人だからではない。日本が強い独立国になる事は、ひいては世界の平和に繋がるからだ。

先の戦争で日本が勝っていたら、もしくは外交的に引き分けに持っていけておれば戦後のどれだけの人がその後の戦争や共産革命で命を落とさずにおれたか。

中国の脅威もない、ダライ・ラマが亡命する必要も無い、中東、アフリカにおけるアメリカの無法で卑劣な攻撃もない。日本主導で八紘一宇の世界が作られただろう。

そう思いを馳せると敗戦の重責を思わざるを得ない。

世界の平和の為にも日本は強くならなければならない。親日国は中韓にヘコヘコ頭を垂れる脆弱な日本を悲しんでいる。

日本が強く立ち上がる事を望んでいる。

 



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